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大阪地方裁判所 平成9年(行ウ)13号 判決

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告吹田市長、同吹田市収入役、同市立吹田市民病院企業出納員は、被告社団法人大阪府市町村職員互助会に対し、補助金を支出してはならない。

二  被告岸田恒夫、同西田良市、同西川幸宏、同村上克一郎、同筧格、同柏原秀夫、同中井周治及び同小岸孝則は、吹田市に対し、連帯して2億3936万2655円及びこれに対する平成9年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

三  被告社団法人大阪府市町村職員互助会は、吹田市に対し、2億3936万2655円及びこれに対する平成9年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、吹田市による被告社団法人大阪府市町村職員互助会への補助金の支出が違法であるとして、同市の住民である原告が、地方自治法242条の2第1項1号に基づく補助金支出の差止め及び同項4号に基づく損害賠償を求めた事件である。

一  争いのない事実

1  原告は、吹田市の住民である。

2  被告岸田恒夫は吹田市長、被告西田良市は同市収入役、被告村上克一郎は同市総務部人事課長、被告小岸孝則は同市収入役室長、被告筧格は同市消防本部庶務課長、被告柏原秀夫は同市教育委員会事務局管理部総務課長、被告西川幸宏は市立吹田市民病院企業出納員(事務局長)、被告中井周治は同病院事務局次長(庶務課長事務取扱)である。

3  被告社団法人大阪府市町村職員互助会(以下「被告互助会」という。)は、大阪府下の市町村及び一部事務組合(法令による一部事務組合に準ずるものを含む。)の常勤の職員(臨時職員で勤務年数が引き続き6か月未満のものを除く。)並びに大阪府市長会、大阪府町村長会、市町村の職員の団体及び被告互助会の事務部局に勤務する職員であって、被告互助会に入会した者を会員とし、互助共済の精神に基づき、会員の共済制度を確立し実施することにより、会員の福利増進、生活の向上を期し、もって執務の公正、能率化を増進し、進んで地方自治の本旨の実現に協力することを目的として、給付事業、貸付事業、福利厚生事業その他右目的達成のために必要な事業等を行うため、昭和7年に設立された団体である。

4  吹田市の各部局は、被告互助会に対し、従来から職員厚生費として補助金を支出してきた。各部局の平成8年4月から同年10月までの支出金額は、次のとおり(合計2億3936万2655円)である。

(一) 本庁 1億4671万8050円

(二) 消防本部及び消防署 2261万6845円

(三) 教育委員会 4102万7815円

(四) 市民病院 2854万6377円

(五) 組合、一部事務組合 45万3568円

5  原告は、平成8年12月26日、吹田市監査委員に対し、同市の被告互助会に対する補助金等の支出は同市職員の私的利益を図るもので違法であるなどとして、補助金支出の差止め及び被告吹田市長らに対して損害賠償等を求める旨の住民監査請求をしたが、平成9年2月18日、右監査請求を棄却する旨の監査結果の通知を受けた。

二  原告の主張

1  地方公共団体による補助金の支出は、公益上の必要がある場合に限られるが(地方自治法232条の2)、被告互助会に対する本件補助金の支出はこの要件を満たさない。仮に本件補助金の支出が公益上の必要がある場合に該当するとしても、右支出は同法2条13項、地方財政法4条に反するもので違法である。

2  本件補助金の一部は、被告互助会の会員が同会を退会する際の退会金に充てられているが、右退会金は、職員の福利厚生に役立つものではなく、公益とは何ら関わりがない金員である。したがって、少なくとも本件補助金のうち右退会金に充てられている部分は、地方自治法204条、同条の2、地方公務員法14条、24条、25条、41条の諸規定を潜脱するヤミ退職金であって、違法な支出というべきである。

3  なお、吹田市の予算説明書では、本件補助金を共済費として計上し、法定の共済制度と錯覚させることで同市議会の議決を騙取している。これは、予算の目的外支出に当たり違法である。

4  被告吹田市長、同吹田市収入役及び同市立吹田市民病院企業出納員は、それぞれ本件補助金の支出に関して法令上本来的な権限を有する者であるから、原告は右被告らに対し被告互助会への補助金支出の差止めを求める。また、その余の被告らは、違法な補助金の交付・受領により吹田市に同額の損害を与えたから、原告は右被告らに対し右損害の賠償を求める。

第三  当裁判所の判断

一  被告岸田は、吹田市長として、地方自治法上、同市における種々の財務会計上の行為を行う権限を有している者であり、被告西田は、同市収入役として、同法上、同市の会計事務をつかさどる権限を有している者である。また、前記第二の一2の事実及び〔証拠略〕によれば、

1  被告村上は、同市総務部人事課長として、吹田市事務処理規程16条に基づき、本件補助金の支出に関する市長の権限に属する事務のうち、支出負担行為及び支出命令に係る事務の専決を任されて同事務を処理したこと、

2  被告小岸は、同市収入役室長として、吹田市収入役事務決裁規程3条に基づき、本件補助金の支出に関する収入役の権限に属する事務のうち、支出命令書による支出決定に係る事務の専決を任されて同事務を処理したこと、

3  被告筧は、同市消防本部庶務課長として、消防長等における市長権限事務の専決及び代決等に関する規程2条1項、吹田市事務処理規程16条1項に基づき、本件補助金(消防本部及び消防署関係)の支出に関する市長の権限に属する事務のうち、支出命令に係る事務の専決を任されて同事務を処理したこと、

4  被告相原は、同市教育委員会事務局管理部総務課長として、委員会等の職員の市長権限事務の専決並びに代決等に関する規程2条1項に基づき、本件補助金(教育委員会関係)の支出に関する市長の権限に属する事務のうち、支出命令に係る事務の専決を任されて同事務を処理したこと、

5  被告西川は、市立吹田市民病院企業出納員(事務局長)として、地方公営企業法28条、市立吹田市民病院財務規則3条、企業出納員に権限を委任する規則2条に基づき、同病院における会計事務をつかさどる権限を有し、本件補助金(同病院関係)の支出を行ったこと、

6  被告中井は、同病院事務局次長(庶務課長事務取扱)として、市立吹田市民病院処務規程5条1項、吹田市事務処理規程16条1項に基づき、本件補助金(同病院関係)の支出に関する市長の権限に属する事務のうち、支払伝票の発行に係る事務の専決を任されて同事務を処理したこと、

がそれぞれ認められる。

二  そこで、本件補助金支出の違法性について検討する。

1  前記第二の一3の事実並びに〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告互助会は、昭和7年3月、大阪府下町村吏員(当時)の互助福祉を図る目的で設立された公益社団法人であり、設立当初は会員の互助及び向上を図ることのみを目的として掲げていたが、現在では、「互助共済の精神に基づき、会員の共助制度を確立し実施することにより、会員の福利増進、生活の向上を期し、もって執務の公正、能率化を増進し、進んで地方自治の本旨の実現に協力すること」(定款1条参照)を目的としている。

(二) 被告互助会には現在、大阪市を除く大阪府下全市町村等(吹田市を含む32市、10町、1村、32事務組合及び11団体)で働く常勤の全職員(平成9年1月現在で6万6400人)が会員として加入している。

(三) 前記(一)の目的を達成するため、被告互助会は、次の各事業を行っている。

(1) 給付事業 医療補助金(入院費補助金、人間ドック補助金、休業補助金)

見舞金(障害見舞金、災害見舞金)

弔慰金(死亡弔慰金、親族死亡弔慰金)

準備金(結婚準備金、出産準備金)

祝金(入学・進学祝金、成年祝金、在会慰労金、結婚記念祝金)

退会金(退会給付金、生業資金・付加金)

(2) 貸付事業 生活資金

住宅資金

進学資金

特別資金

(3) 福利厚生事業 互助会館の運営

銀婚記念品・ギフトカードの贈呈

指定契約施設の利用

買物優待券等の交付

広報誌等の発行

(4) その他目的達成のために必要な事業及び右(1)ないし(3)に付帯する事業

(四) 吹田市においては、地方公務員法42条の規定を受けて、吹田市職員の厚生制度に関する条例(昭和51年10月28日条例第42号)を定めている。同条例2条1号、3条1号は、職員の互助共済事業については職員を被告互助会に加入させることにより行う旨定めるとともに、同条例4条1項は、被告互助会に対し定款に定める必要な補助金(後記(5))を交付するものとして、同市が互助共済事業に係る費用の一部を負担すべき旨定めている。なお、右の点に関しては、大阪府下の他の全市町村(ただし、大阪市を除く。)においても吹田市と同様の取扱いがされている。

(五) 被告互助会の事業運営資金は、会員が納付する会費及び各市町村等が負担する補助金(被告互助会の定款上は「補給金」)並びにこれらの運用益によって賄われている。これらのうち、会員が納付する会費の月額は、給料月額(ただし、42万4000円を上限とする。)の1000分の14に相当する額とされており、各市町村等が負担する補助金の月額は、当該月に所属する会員の給料月額総額の1000分の28に相当する額とされている。

(六) 被告互助会は、退職等に伴って退会する会員に対し退会金(退会給付金、生業資金・付加金。ただし、生業資金・付加金は、昭和55年3月時点で在会6か月以上の会員に対してのみ)を支給している。右退会給付金の額は、会費算定の基礎となった給料月額の30分の1相当額に在会年数(ただし、昭和55年3月以前に入会した者については、同年4月以降の在会年数)に応じて定められた給付日数(例えば、在会年数1年以上2年未満であれば10日、同10年以上11年未満であれば75日、同15年以上16年未満であれば150日など)を乗じて得た金額とされている。

2  原告は、本件補助金の支出自体が地方自治法232条の2、2条13項、地方財政法4条に違反すると主張する。

しかしながら、地方公務員法42条は、「地方公共団体は、職員の保健、元気回復その他厚生に関する事項について計画を樹立し、これを実施しなければならない。」と規定し、地方公共団体に対して職員の福利厚生に関する計画の樹立及び実施を義務付けているのであって、この規定を受けて、職員の福利厚生を実現するために具体的にどのような制度を設けるかについては、それが適切かつ公正さを欠くものと認められない限り(同法41条参照)、各地方公共団体が、所属職員の人数やその構成、地域の実情等に応じ、その裁量により決定すべき性質のものであると解することができる。吹田市においては、前記認定のとおり、吹田市職員の厚生制度に関する条例を制定し、同法42条に規定する厚生制度の一環である職員の互助共済事業については、職員を被告互助会に加入させることにより行うものとした上、被告互助会に対して補助金を交付するものとしているところ、このような方法によること自体は、何ら法の禁止するところではないと解されるのみならず、むしろ、大阪府下の他の市町村(ただし、大阪市を除く。)等の全職員が加入している被告互助会を通じて職員の互助共済事業を行うことは、同事業の効率的な運営という観点に照らして有益なものと認めることができる。したがって、被告互助会に対して補助金を支出すること自体が違法であるということはできない。

3  次に、原告は、本件補助金のうち会員の退会金に充てられている部分は、地方自治法204条、同条の2、地方公務員法14条等の規定を潜脱するもので、違法であると主張する。

確かに、補助金の支出自体が違法でない場合においても、被告互助会が運営する事業内容や、被告互助会が会員に対して支給する給付内容如何によっては、被告互助会に交付される補助金の全部又は一部が、地方自治法204条の2等の規定の潜脱に当たるなどの理由から違法であると認めるべき余地はあるけれども、前記1(三)に認定した被告互助会の事業内容によれば、被告互助会が実施している事業及び給付の内容は、いずれも職員の福利厚生のための制度として適切、妥当な範囲を逸脱しているものと認めることはできない。この点に関し、原告は、被告互助会が会員に対して支給する退会金は職員の福利厚生に役立つものではなく、実質上ヤミ退職金である旨主張するけれども、退職後における職員とその家族の生活の充実、安定を図ることは、これを通じて在職中の勤労意欲を高め、執務の能率化に寄与するもので、広い意味において職員の福利厚生の一部をなすものと考えられるし、前記認定によれば、会員の退会に際して被告互助会が支給する退会金の額は決して少額であるとはいい難いものの、その引当てとなる資金の中には、会員自らが負担する会費とその運用益も含まれているのであり、これらを考え合わせると、右退会金の支給は、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱するものではなく、原告が指摘する地方自治法204条の2等の諸規定を潜脱するものとして違法であるということはできない。

4  また、原告は、吹田市においては本件補助金を法定の共済制度と錯覚させることで同市議会の議決を騙取しており、これは予算の目的外支出に当たる旨主張するけれども、〔証拠略〕によれば、吹田市一般会計予算、同市病院事業会計予算のいずれにおいても、本件補助金が被告互助会に対する補給金ないし負担金であることはそれぞれの予算説明書に明記してあることが認められるから、原告の右主張はその前提を欠き失当である。

三  以上のとおりで、本件補助金の支出に違法な点はなく、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 石井寛明 石丸将利)

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